民事訴訟法テキストの『・』に引っかかった話

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民事訴訟法の勉強をしていて、ふと立ち止まってしまう瞬間がある。

条文の趣旨そのものではなく、「表現」に引っかかるときだ。

今回、目に留まったのは、Vマジックの民事訴訟法テキストに書かれていた、次の一文だった。

法定代理人の死亡・訴訟能力の喪失または代理権の消滅・変更

Vmagic7「民訴系3法・供託法・司法書士法」第2版 p. 50

これは、民事訴訟法第58条第1項第4号を説明する文脈で出てくる表現である。内容自体は、おおよそ理解できる。ざっと見れば、「ああ、そういうことね」で済ませられる話だ。

……なのだが、どうにも引っかかる。

原因は、「・」の使い方だった。

「死亡・訴訟能力の喪失」の「・」と、「消滅・変更」の「・」。これが同じ意味合いで使われているようには、どうしても思えない。どこで区切って読めばいいのか、一見して分かりにくいのだ。

法律を学び始めたばかりの素人だから、こういうところが気になるのかもしれない。試験対策的には、そこまで深掘りする必要はないのかもしれない。

それでも、気になったものは気になる。

そこで、久しぶりに六法を開いてみた。

すると、民事訴訟法第58条第1項第4号は、次のように書かれている。

法定代理人の死亡、訴訟能力の喪失又は代理権の消滅若しくは変更

民事訴訟法第58条第1項第4号

……うん、これなら分かりやすい。

もちろん、一般の人からすれば、これでも十分に分かりにくい文章なのだろう。しかし、少なくとも私にとっては、テキストの表現よりずっと腑に落ちた。

理由は明確だ。「又は」と「若しくは」が、きちんと使い分けられているからである。

法律用語における「又は」と「若しくは」は、どちらも日常語で言えば「or」なのだが、実は階層が違う。「又は」の方が上位概念で、「若しくは」はその下位に位置づけられる。

つまり、構造としてはこういうことになる。

A 又は (B 若しくは C)

この形を理解していれば、条文の意味はすっと頭に入ってくる。

今回の条文で言えば、

・法定代理人の死亡

・法定代理人の訴訟能力の喪失

・法定代理人の代理権の消滅 ・変更

という三つの事象が、一定の整理のもとで列挙されているわけだ。

一方、テキストの表現に戻ってみる。

「法定代理人の死亡・訴訟能力の喪失または代理権の消滅・変更」

これを初見で読んだとき、頭の中ではこんな疑問が浮かんだ。

――これは、

(死亡・訴訟能力の喪失)または(代理権の消滅・変更)

という二グループなのか?

それとも、

死亡、訴訟能力の喪失、代理権の消滅、代理権の変更

という四つを単に並べているだけなのか?

「・」が同じ記号で使われている以上、論理構造が直感的に読み取れない。文章としては成立しているが、記号的に考える癖がある身としては、どうしてもモヤっとする。

しばらく考えて、ようやく納得した。

Vマジックのこの表記は、結局のところ、次のように読むのが正解なのだろう。

法定代理人の…… ・死亡、 ・訴訟能力の喪失、又は ・代理権の消滅・変更

つまり、「死亡」と「訴訟能力の喪失」は並列だが、「代理権の消滅・変更」は一まとまり、という構造だ。

そう理解すれば、条文の趣旨とも一致するし、内容的にも無理はない。

ただ、それならそれで、もう少し書き方があったのではないか、という気もしてくる。

個人的に「折衷案」として一番しっくり来たのは、次の表現だ。

法定代理人の死亡、訴訟能力の喪失、又は代理権の消滅・変更

私の理解・・・

中黒を減らし、読点と「又は」を使うだけで、ずいぶん読みやすくなる。少なくとも、どこで論理的に区切ればいいのかは明確になる。

もちろん、テキスト編集の現場には、字数制限や統一ルールなど、さまざまな事情があるのだろう。私のように、いちいち記号の意味まで気にする受験生の方が少数派なのかもしれない。

それでも、こういう「引っかかり」を放置せず、自分なりに整理して納得する作業は、決して無駄ではないと思っている。

なぜなら、その過程で、条文構造そのものへの理解が一段深まるからだ。

そして、ここで改めて思う。

――ああ、自分はやっぱり、記号的・構造的に物事を考える癖が抜け切っていないな、と。

学生時代、数学にどっぷり浸かっていた頃の思考回路が、今でも顔を出す。文章を読むときでも、「どこが括弧で、どこがORで、どこがANDなのか」を無意識に整理してしまう。

法律の文章は、自然言語で書かれてはいるが、その実、非常に論理的で、構造的だ。だからこそ、こうした読み方とも相性がいいのだろう。

民事訴訟法は、抽象度が高く、とっつきにくいと言われる分野だ。しかし、条文を丁寧に分解していくと、意外なほど「きれいな論理」が顔を出す瞬間がある。

今回の「・」問題も、その一つだった。

単なる言い回しの違いに見えて、実は論理構造の読み取り方が問われている。そう考えると、テキストに引っかかった自分の感覚も、あながち間違いではなかったのかもしれない。

試験勉強は、ともすれば「覚えること」に意識が向きがちだ。しかし、こうして立ち止まり、文章の意味を自分なりに噛み砕く時間は、理解を確かなものにしてくれる。

今日もまた、民事訴訟法のテキストを読みながら、そんなことを考えていた。

記号にうるさい受験生の、ちょっとした独り言である。

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