図書館で気づいたこと——これまでとこれから

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先日、近くの図書館に足を運んでみた。

大型書店とは、やはり空気が違う。新刊や話題書がずらりと並ぶ書店に比べ、図書館には全集や専門書、長い年月を経てもなお価値を失わない本たちが、静かに並んでいる。決して「古びている」という印象ではない。むしろ、時間に耐えてきたからこその重みがある。

公立図書館だけでなく、実は近くの大学図書館にも入れることを思い出し、そちらにも足を伸ばしてみた。すると、そこには見覚えのある書籍が、和書・洋書を問わず、数え切れないほど並んでいた。

今の自分は司法書士の勉強に集中している身だが、書架を眺めていると、以前の仕事に直結するIT系や、その周辺の科学技術分野の本が、これでもかというほど目に飛び込んでくる。かつて何度もページをめくったタイトル、書名だけで内容が蘇る専門書、若い頃に必死で読み込んだ理論書……。

その瞬間、ふと立ち止まってしまった。

――自分は、これほどまでに膨大な知識を蓄えてきたのか。

そう思うと同時に、別の疑問も浮かんだ。これから先、そのうちのどれだけが、実際に使われるのだろうか。もしかすると、単に知識が右から左へ通り過ぎていっただけなのかもしれない。記憶の奥底に沈み、二度と表に出てこないものも多いだろう。

それでも、私は「きっとそれにも価値がある」と考えたい。

知識とは、常に目に見える形で役立つものばかりではない。直接使わなくても、思考の土台になり、物事の捉え方や判断の基準として、知らず知らずのうちに効いてくる。そう信じてきたし、今もそう思っている。

改めて、自分が知っている範囲の広さ、その積み重ねの量に、正直なところ唖然とした。そして、ふと現在取り組んでいる司法書士試験の範囲と比べてみた。

……小さく見える。

いや、もちろん簡単だと言いたいわけではない。司法書士試験は、れっきとした難関資格だ。ただ、これまで自分が通ってきた道と比べたとき、相対的に「把握可能な範囲」に感じられたのだ。

とはいえ、ここで浮かれすぎてはいけない。司法書士の勉強は、一般的に1年から2年はかかる世界だ。一方、大学入試を考えてみれば、その試験範囲でさえ、高校3年間を通じて積み上げるものだ。予備校で1年で仕上げるとしても、それなりの密度と覚悟が必要になる。

そう考えると、司法書士試験の範囲も、決して小さすぎるわけではない。感覚的には、大学入試と同程度、あるいは少し凝縮された世界と言ってもいいのかもしれない。

だが、それでもなお、前職で関わってきた分野と比べると、その広がりは別次元だ。IT、情報科学、工学、理論と実装、日進月歩の技術革新……。広く、そして深くを同時に要求される世界で、気がつけば何十年も過ごしてきた。

今振り返れば、それは「膨大」という言葉ですら足りない。司法書士試験の範囲を1とするなら、前職の関連分野は10倍、いやそれ以上だったと言っても、決して大げさではないだろう。

ただ、それも一朝一夕で身についたわけではない。何十年もかけて、スクラップアンドビルドを繰り返しながら、少しずつ積み上げてきたものだ。古い知識を捨て、新しい知識を取り込み、ときには自分の考えを根底から作り替えながら、ここまで来た。

そう考えると、今また新しい分野に挑戦していること自体が、特別なことではないようにも思えてくる。

これまでの道のりを冷静に振り返ってみると、自然と一つの結論に行き着く。

――司法書士の勉強も、恐るるに足らないのではないか。

もちろん、油断は禁物だ。だが、必要以上に怖がる理由もない。やるべきことを明確にし、日々積み重ねていけば、必ず届く場所にある。

図書館の静かな空間で、過去の自分と現在の自分、そしてこれからの自分を重ね合わせながら、そんなことを考えていた。

今まで蓄えてきたものは、決して無駄ではない。たとえ直接使われなくても、自分の中に確実に根を張っている。その土台があるからこそ、次の挑戦にも踏み出せる。

そう思えたことが、この日の一番の収穫だったのかもしれない。

よし、自信を持って進もう。

司法書士試験という新しい山も、これまで越えてきた数々の山と同じように、一歩ずつ登っていけばいいのだから。

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